東京高等裁判所 昭和44年(ラ)576号 決定 1970年4月13日
理由
本件抗告の趣旨は、「原決定を取消す。本件を横浜地方裁判所に差戻す。」との裁判を求めるというにあり、その理由の要旨は、
「一、本件競売申立の基本たる根抵当権は、債権者を抗告人債務者を鈴木慶一(本件競売事件における債務者、以下被申立人という。)とする昭和四三年一一月二七日付証書貸付、手形貸付、手形割引契約および根保証契約(以下本件与信契約という。)による債務を担保するため、被申立人が、同年一二月一八日その所有にかかる本件不動産に設定したものであるが、右根抵当権設定契約には、手形、小切手が不渡となつたときは債権者からのなんらの通知催告を要せず債務者は全債務につき期限の利益を失い、債権者は即時右根抵当権を実行できるとの特約が付されていた。しかして、右特約にいう手形、小切手とは、本件与信契約の債務者たる被申立人が振出したものに限定されるものではなく、右与信契約における連帯債務者または連帯保証人の振出した手形、小切手をも含む趣旨であつた。このことは次に挙げる事実からも明らかである。すなわち、本件与信契約並びに本件根抵当権設定契約を記載した契約書(以下本件契約書という。)第一条(ハ)には第三者の振出した小切手に関する債権も本件根抵当権の被担保債権に包含される旨明記されているのであつて、このことからすれば、本件契約書第一二条にいう手形、小切手は第三者の振出した手形類を当然含むと解釈すべきであり、また、期限の利益喪失に関する条項である右第一二条は、債務者が期限の利益を失う場合につき、債務者に債務不履行があつた場合に限定することなく、広く債務者が信用を喪失し債務の履行に疑念を生じたときを含ましめているのであつて、債務者の債務の履行を担保するため連帯債務者または連帯保証人となつたものが振出した手形、小切手に不渡が生じたときは、まさに債務者が信用を喪失し債務の履行に疑念を抱かせる事由に該当するというべきだからである。
二、そして、渋谷自動車整備株式会社および鈴木善光の両名は本件与信契約の連帯債務者、仮に連帯債務者でないとしても、被申立人の抗告人に対する本件与信契約上の債務の履行につき連帯保証人となつたものであるから、右渋谷自動車整備株式会社らの振出した小切手が昭和四四年三月三日以降同年同月末までの間に不渡となつた以上、前記特約により、被申立人は右不渡の生じた時点において期限の利益を失い、抗告人は本件根抵当権を実行しうることとなつたものである。
三、とすれば、債務者たる被申立人が期限の利益を喪失し、本件根抵当権の被担保債権につき履行期が到来したことの疎明を欠くとして抗告人の競売申立を却下した原決定は違法であるからその取消を求める。」というにある。
よつて按ずるに、本件記録によれば、まず、「本件競売申立の基本たる根抵当権の被担保債務は、被申立人の抗告人に対する本件与信契約上の債務であること、本件契約書第一二条には被申立人が右債務の履行につき期限の利益を失う事由の一として、『手形、小切手が不渡となつたとき』が掲げられていること、本件与信契約の連帯債務者(仮にそうでないとしても債務者たる被申立人の連帯保証人)であると抗告人のいう渋谷自動車整備株式会社振出の小切手が昭和四四年三月三日および翌四日に、同じく連帯債務者ないし連帯保証人であると抗告人のいう鈴木善光振出の小切手が同年同月二二日にそれぞれ不渡となつたこと。」が認められる。
そこで、渋谷自動車整備株式会社および鈴木善光の本件与信契約における地位につき検討するに、本件契約書の冒頭には、「債権者抗告人(以下甲と称する。)と債務者被申立人(以下乙と称する。)との間に本件与信契約を締結する。」旨明記され、同契約書の第一一条および第一三条には乙すなわち被申立人のほかに連帯保証人の存在を予定した記載が存し、同契約書の末尾には、乙債務者兼担保提供者たる記載の下部に被申立人の署名押印がなされ、これについで渋谷自動車整備株式会社および鈴木善光の各記名押印がなされているという本件契約書の形態からすれば、右両名は被申立人の連帯保証人であると解するのを相当とする。もつとも右両名が連帯債務者であることの疎明として抗告人か提出した「証」と題する書面及び承諾書等には渋谷自動車整備株式会社と被申立人が連帯債務を負担するかのような記載が存するけれども、右各書面が本件与信契約といかなる関連を有するものか明らかでないから、前記認定は左右されない。
次に、本件契約書第一二条にいう「手形、小切手が不渡となつたとき」の意義について考えてみるに、なるほど同条項には右手形、小切手の振出人についてなんらの留保がなされていないけれども、同条項が、右以外に被申立人において期限の利益を失うべき事由として例示しているところは、同人において負担する債務の履行遅滞があつたこと、同人に対し他の債権者から権利実現のためにする強制執行等の法律上の手続がとられたこと、担保物件の価値に毀損減少の生じたこと等であつて、これらの事由はいずれも被申立人自身の債務履行能力やその経済的信用を低下させ、同人による債務の履行に対する抗告人の期待を失わせて、被申立人との間の本件与信契約を維持するのを困難ならしめる事由なのであるから、前記の「手形、小切手が不渡となつたとき」というのも、同人の経済的信用を失墜させる典型的事態たる同人振出にかかる手形、小切手の不渡のみを指すと解するのが、同条項の合理的解釈であるといわなければならない。この点に関し、抗告人は、本件契約書第一条(ハ)に、「第三者の振出したもので乙(被申立人)から甲(抗告人)に交付した小切手に関する債権」も本件与信契約に基く債権とみなされる旨記載されていることを根拠として、同契約書第一二条にいう小切手も被申立人以外のものの振出した小切手を含むと解すべきであると主張するが、右第一条(ハ)の趣旨は、振出人が第三者であつても、当該小切手に関して生じた抗告人の被申立人に対する債権は本件根抵当権の被担保債権となるというまでのことであり、しかるに、同契約書第一二条は、右債権をも含む本件与信契約上の債権の履行期の取扱いをいかにするかに関する約款で、右第一条とは立脚点を異にするものであるから、第一条を根拠に、第一二条にいう小切手を第三者振出の小切手を含むものと解すべきいわれはなんら存しない。(ちなみに、抗告人において、本件与信契約に基き、被申立人のため割引いた第三者振出の手形、小切手が不渡となつたときは、被申立人は期限の利益を失う旨の約定が与信契約上なされていれば、右不渡の発生により本件与信契約上の債権の期限が到来し本件根抵当権の実行をなしうるにいたるのは当然であるが、本件はかような場合にはあたらないものである。)なお、被申立人および渋谷自動車整備株式会社らの署(記)名押印のある前記承諾書には、同人ら振出の手形、小切手が一通でも不払のときは、同人らはその負担する債務につき期限の利益を失う旨の記載がなされているが、右承諾書の約定が本件与信契約といかなる関係に立つものか詳らかでないから、右承諾書が存在するからといつて被申立人が本件与信契約上の債務につき期限の利益を失つたとすることはできない。
そうだとすれば、抗告人の本件競売申立は、競売の基本たる根抵当権の被担保債権につき、その履行期が到来したことの疎明を欠くことに帰するから、右申立は不適法なものとして却下すべきである。
以上の次第で、右と結論を同じくする原決定は相当であり、本件抗告は理由がないからこれを棄却